先輩インタビュー

​INTERVIEW

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Vol.2

【2021/03/31】

    Uターン    

七澤磨衣子さん
大事なものを考えて動いたからこその今

明るい笑顔と楽しいおしゃべりが印象的な、七澤磨衣子さん。糸魚川市青海地域出身で、進学とともに関東へ出てから、神奈川県で幼稚園教諭として働いたのち、2018年に糸魚川にUターンしました。現在は、糸魚川のさまざまなイベントに参加したりゆっくり家族と過ごしたりと糸魚川ライフを楽しんでいます。今回は磨衣子さんが生まれ育ったご実家にお邪魔してお話を聞きました。

生まれ育った糸魚川 部活に打ち込んだ日々から県外へ

井上:今日はよろしくお願いします。家から近い海がとても気持ちよかったです!

七澤:よろしくお願いします。あそこの海から見る景色が昔から大好きで・・・

井上:七澤さんが生まれ育ったのはこの地域・・・青海なんですね?

七澤:そうですね。18歳まで青海に住んでいて、小中高と吹奏楽部の活動に明け暮れていました。一番の思い出は中学校の時、西関東大会で金賞をとったことかな。

井上:おおーすごいですね。

七澤:学生時代は、副部長や総務委員会で縁の下の力持ち的な存在として、仲間と活動する楽しさや面白さを感じたり、活動する上で感じる苦しさや辛さも仲間や家族のサポートのおかげで乗り越えられたりすることを体感しました。そのあと高校2年生で進路を決める時、人と関われて、毎日変化があって、身体を動かせる職業に就きたい、自分の性に合った仕事で人の役に立てたらいいなと思って、幼稚園教諭になるために県外に出たんです。

井上:そうなんですね。県外の大学などに進学したということでしょうか?

七澤:そうですね。神奈川の短大に入って2年間学び、その後専攻科で1年、大学の文学部に編入してさらに1年間学び、晴れて幼稚園教諭として神奈川県川崎市の幼稚園に就職しました。

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関東での生活―コミュニティと価値観の広がり

井上:関東ではどんな生活を送っていたんですか?

七澤:学校で4年、幼稚園で11年働いて計15年間上京していたのですが、本当に楽しくて素晴らしい友達にたくさん出会ったんです。きっかけは働き始めて3年目の時に出会った『TOKYO GRAFFITI』という雑誌。そこが人生における一つの重要な転機になっています。

井上:というと…?

七澤:TOKYO GRAFFITIの中で、当時はmixiやFacebookなどとはまた別のSNSのようなものがあったんです。読者同士で情報発信をして、つながりが広がっていきました。初めましての人同士で「代々木公園でキャッチボールしよう」というオフ会のような企画を友達と立ち上げたり(笑) 今もそのコミュニティを通じて知り合った友達と仲良くすることが多くて、10年以上経った今も仲良くしています。

井上:面白いですね!そういう出会いを通して変わった部分はありましたか?

七澤:昔から友達と話すことは好きだったんですが、狭い範囲の仲間とばかりいたのでどんどん新しい出会いが広がっていくのが新鮮で。自分の知らない世界を人を通して知ったり、その人の人生そのものを聞いたりするのが好きなんだと気付きました。29歳の時には千葉県にあったコミュニティスペース「KANAYA BASE」にも出会って何度か通ったんですが、ここでは若者から地域のおじいちゃんおばあちゃんまで多種多様な人が集っているのが面白いなあと思いました。

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Uターンを決めた30代 迷いと決意

井上:今聞いていると、関東での生活はとても楽しんでいたと思うんですが、どうして帰って来ようと思ったんですか?

七澤:大きな理由は3つあって。まず、30歳の時に、ひとり旅に行ったんですね。当時、自分と周りを比べてウジウジしていた私に、友達が「一人旅に行ったほうがいいよ、旅先の人とゆっくり話してみたら?」と言われて。そしたらそれが楽しくて、そこから一人での行動範囲が広がったんです。2年後に行った大分県の久住高原で、「ああ、やっぱり自然っていいなぁ」って心から思って。大自然のなかにいると、幼稚園の先生という立場ではない「本来の自分」でいられるなという気付きがありました。

井上:なるほど~。地元の糸魚川も自然がたくさんありますよね。

七澤:そうなんですよ。あと、実は東日本大震災あたりから、家族と離れたままでいる怖さ・もどかしさも感じていました。祖母は今年1月に95歳になったんですけど、親とも一緒にいられる時間があと何十年とあるわけじゃないなあ、と。

井上:「家族」という理由も大きいですよね。3つ目は…?

七澤:3つ目の理由は、仕事をやりきったタイミングだったこと。正直、帰省するたびにUターンを考えていましたが、なかなか踏ん切りがつかなかったんです。関東でできた友達に会えなくなったり、ストレス発散にもなっていた買い物やライブ、舞台などに行けなくなったりするだろうなと思ってしまって…でも、家族や自然を大切にしたい気持ちと仕事のタイミングの3つの理由が上回り、決断できました。

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Uターン後の出会い「帰ってきてよかった」

井上:そうやって決断してUターンしてから3年が経つんですね。どんなふうに過ごされていたんですか?最初に行った場所はどこだったか個人的に気になります(笑)

 

七澤:それはもう、海ですね。展望台のある美山公園にも行きました。糸魚川市内と海まで見渡せる景色が大好きなんです。でも、帰ってきてから一週間は腑抜け状態でした。11年間同じ幼稚園に勤めていたこともあって、同じ時を一緒に過ごした子どもや保護者が、退職のお祝いサプライズで花道を作ってくれたんです。親友も手の込んだDVDを作ってくれて。離れて暮らす家族のインタビューまで入ってて、「結婚式ムービーですか!?」と思いました(笑)それだけ送り出してもらった分、帰ってきてすぐは自分で望んだことだったのに、心が現実に追いついていない感じでした。

三熊:すごく慕われていたんですね。

七澤:ありがたいことです。帰ってきて約1年間は仕事をせずに、糸魚川を拠点にしていろんな場所へ行きました。その中で、ある日高校の同級生が「共場糸魚川コモンズ」でのオープニングBARイベントに誘ってくれて、私といろんな人とを繋いでくれたんです。皆さんと話すのが楽しくて、イベントも面白くて「糸魚川に帰ってきてよかった」って思いました。

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井上:(写真を見せていただき)とても楽しそう!屋村夫妻もいらっしゃいますね。

七澤:そうなんです。屋村夫婦ともここで初めてお会いしました。あともうひとつ、「つむぎ日和」という根知小学校の旧体育館を会場にして、雑貨やフードの販売、ワークショップが行われるマルシェのようなイベントに参加したのも大きかったです。主催の3姉妹に「何でもいいから関わらせてほしい」とお願いしたら「もちろんです」とOKをいただきました。

井上:おおすごい!スタッフをやられているんですか?

七澤:そうですね、サポートメンバーというか…受付などのお手伝いをさせてもらっています。糸魚川に帰ってきて、こういう昔からの友達以外にも面白い知り合いが増えて本当に良かったです。2019年に参加したリノベーションの企画も、糸魚川の未来を考える機会になり「まちのことを考えるのって楽しいな、面白いな」って思うようになりましたね。

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 家族に囲まれて暮らす今

井上:現在、糸魚川で生活していると思うんですが、良いな~と思うところや少し残念だな、と思うところを教えてもらえますか?

 

七澤:はい。じゃあ、関東にいた時と比べて良い面からいきますね。まず、実家に住んで家族が近くにいると本当に安心だし安全。私は家族や親戚とめちゃくちゃ仲が良いので毎日が楽しいし、お互いに支えあって生きています。ごはんも美味しくて、健康的に生きていたいという気持ちがものすごく強くなりました。関東にいた頃は人混みやビルに囲まれた中での生活でしたが、今は自然に囲まれて好きな海も見たいときに見られるし、空気もきれい。お金もあまり使わなくなったとは思います。祖母がやっている畑を見ても「自然あっての暮らしだよなぁ」と感じます。

井上:なるほど…いい暮らしだなあ。

七澤:逆になんだかなぁと思う部分は、旅行に行く時や関東にいる友達に会いたい時に、距離的に遠いこと、それに伴う費用面での問題があること。あとは、仕事を探すときの職種の少なさと、自分が求めているものとマッチする仕事になかなか巡り合えないこと。正直なところ給料も3分の1になって、実家暮らしじゃなかったら厳しかったと思います。

井上:距離的な問題は仕方がなくても、仕事は少しもどかしいですね。

七澤:飲食店に関しては、来たばかりの頃はそもそも自分が店を知らなくて、県外から友達が来ても全然連れていけなかったんですが、その後「バル街」という糸魚川の企画に参加したらいろんなお店を知ることができて良かったですね。ただ、知り合いが増えた分、誰かとプライベートでご飯に行った時も人に会うので、結局周りを気にしなくていい自宅に友達を呼んで話すことの方が多いです。

井上:家族ととても仲が良いと仰っていましたが、小さい頃はどんなご家庭だったんですか?

 

七澤:基本的に、私がやりたいことに関してノーとは言わないです。家族といると楽しさが二倍だし、常に幸せを感じていられるような愛情を注いでもらいました。それがベースにあるからこそ、今の私があるなあと。一度地元を出るまでは気付かなかったことですけどね。近所でも、顔を合わせると色々と声をかけてもらったりしますが、関東にいた頃は無かった。田舎ならではの助け合いの心を感じます。

井上:(隣にいらっしゃるお父さん、お母さん、おばあちゃんに)磨衣子さんが帰ってきて変わったことはありましたか?

お父さん:洗濯物が多くなったな。

一同:(笑)

七澤:ねえ、そういうことじゃないから(笑)

井上:さすがですね。

お母さん:とにかく明るいです、磨衣子がいると。

七澤:ばあちゃんは私が帰ってきてどう?

おばあちゃん:そりゃあ嬉しい。いっつもテレビばかり見てる私のところに磨衣子が来て、いろいろ説明してくれるんだわ。

お父さん:遠くに居るより安心ですね、やっぱり。

七澤:こうして振り返ると、私にとって家族と友達は本当に大切な存在です。素敵なご縁に恵まれ、人とのつながりのおかげでここまで来られたと思っています。感謝しています。決めるのは自分だけど、背中を押してもらったりきっかけをもらったりして、大事にしたいことを考え、動いてきたからこその「今」です。

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Uターンを考えている方へ

井上:それでは最後に、Uターンを悩まれている方に伝えたいことはありますか?

 

七澤:ふるさとのことをよく分かっていても、暮らすのと、帰省して数日いるのとでは全然違うと思うんですよ。だから、悩んでいる人には無理に決めてもらわなくて良いと思っていて、大いに悩んでもらって、きっかけやタイミングがやってくるのを待つのも大事なんじゃないかなと。

あとは、限られた時間の中で、大切な人たちの側にいたいと思ったときに会えない、触れられないというのはやっぱり辛い。そういう人が震災やコロナ禍で沢山いる中で、私の場合は本当に帰ってきてよかったと思っているんですよ。もちろん気を付けていることはありますが、コロナ禍でもあまり生活スタイルは変わっていなくて、家族と一緒にいたからこそ余計な心配もなくなりました。

関東にいた頃、私は糸魚川には「何もない」と思っていました。でも今は何もないのではなく、大切にしたいこと次第で見え方が変わってくると思ってます。そして、改めて振り返ってみてもわたしのふるさと、いいところです。

井上:悩まれている方が勇気づけられるような言葉ですね。今日は本当にありがとうございました!

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インタビュアー 井上 有紀さんからのひとこと

初めてお会いして近所の海案内からお家でのインタビューまで、楽しくにぎやかに話してくださったのが印象的。糸魚川で愛されながら育ったベースに東京での良いつながりも加わってとても魅力的な今の磨衣子さんにつながっているんだなあと感じ、岐路ごとに何が大事か考えて決めることでどんな経験も出会いも振り返ると必要なものになるのかもしれないと実感しました。Uターンをしたい人にとって心強い先輩になると思います!

わたしのいと「先輩インタビュー」は随時記事をアップしていきます。

次回は7月中旬ころを予定していますのでお楽しみに!​